淡々と、かつ着々と。

やるせない26歳が綴るこれは独り言

観察者は何者にもなれない/『何者』(朝井リョウ)

 『何者』(朝井リョウ

埃を被った本棚の奥に見覚えある表紙を見つけた。

黄色いタイトルが暗闇で光る。本棚の奥に手を伸ばし、少し色褪せたそれを取り出す。この本の内容ははっきりとは思い出せない。

学生の敏感かつ過激な心情を如実に描く朝井リョウの作品。テーマはたぶん「就職活動」。表紙を見たら誰でもわかる。買ったけど読まなかったのかな、ふと物語の扉を叩いた。

 

※今回はネタバレありです。

 

あらすじ

就職活動を目前に控えた拓人は、同居人・光太郎の引退ライブに足を運んだ。光太郎と別れた瑞月も来ると知っていたから----。瑞月の留学仲間・理香が拓人たちと同じアパートに住んでいるとわかり、理香と同棲している隆良を交えた5人は就活対策として集まるようになる。だが、SNSや面接で発する言葉の奥に見え隠れする、本音や自意識が、彼らの関係を次第に変えて……。

あらすじより

 

就職活動の中で出口を探す者たち

就活がつらいものだと言われる理由は、単純にふたつあると思う。ひとつはもちろん、試験に落ち続けること。単純に誰かから拒絶される体験を何度も繰り返すというのは、つらい。そしてもうひとつは、そんなにたいしたものではない自分を、たいしたもののように話し続けなくてはならないことだ。

p.48

  『自分は特別だ』と物心が付いたころから密かに抱いていた自信は、年齢だけでは計れない成長を繰り返すことによって形がなくなるまで何度も乱雑に削られ、微かに残った削り屑ですら就職活動の風に吹き飛ばされ跡形もなくなる。

過度の自信は自惚れと気づいていても、自分は「何者」かでありたい、「何者」なのか知りたいと期待をし続ける学生は多い。大人になったら、たばこの煙に哀愁漂わせながら「こんなもんよ」と酒をすするのが関の山だと薄々気づきながらも、きっとまだ見ぬ自分がいるはずと愚直に模索し続ける。

 

 作中でもそんな模索に苦しむ学生たちが登場する。協力して就職活動に臨もうと一つの部屋に集まった5人はそれぞれ異なる意識を持ちながら就活を進めていく。楽観的に、現実的に、積極的に、達観的に、そして理想的に。

「友達」「仲間」と一緒にゴールを迎えようと助け合いながら困難に立ち向かうおうとする作中に描かれた学生達の姿は、私の母校でもよく見た景色だった。それは就職サイトがオープンする12月ごろ。まだ他人事のように就職を吟味していたあの頃の景色。

 先輩の苦労話を聞いて「そんなことを聞いてもなにもわかるわけないじゃん」と会社からの評価のされ方に苦言を呈しつつも、私たちは会社から求められる鋳型に自分を彫り進めていく。そして不安だから、心配だから、汚い気持ちを込めた綺麗な言葉を限られた文字数で吐き出したりもする。

読んでいくうちに過去の自分と重なり胸がゆっくり締め付けられていく。特別な存在になっている自分を想像しながら社会に向かい入れてもらうために努力していたころが鮮明に頭に蘇る。

就活の傍観者

最近どう?と聞いてくる人は、たいてい、相手の近況を聞きたいわけではなく、自分の近況を話したくてたまらない。ESを見せ合おうよ、と言ってきたあの子はきっと、誰かのESを参考にしたいのではない。自分の完璧なESを見せびらかしたくてたまらないのだ。

p.66

 

就職活動が持つ意味は仕事探し以上のものがある。多くの拒絶を経験し、他者との差を実感し、自分の売り方を覚え、そして自分が特別であるかのように繕う。

就職活動で必要とされているスキルやそこで培う経験は、全て決して善だけで成り立っているわけではない「社会」で必要とされているものである。つまり「社会人研修」は就活のスタートと同時に始まっているのだ。

そのため今まで「学生」というぬるま湯にどっぷり浸かっていた若者は就活のスタートと同時に驚きと違和感を覚える者も少なくない。「本物の自分」「やりがいのある仕事」「明るい未来」言葉だけでなんの具体性もないキャッチコピーに心踊らされ、誰もが知っている『大手企業』のキャンパスに自分の将来像を鮮やかに描く。「人柄重視」という四字熟語を鵜呑みにして、白紙同然のESに自分を自由に表現していく。友達に囲まれている自分、笑顔でカクテルを手にする自分、海外に行った自分。きっと企業は特別な自分を見つけてくれる。写真と言葉でびっしり埋めたESに恍惚の表情を浮かべるその顔が真っ白な資格欄に向くことはない。

 

大人への自分のアピールは時に奇抜であることを求められ、また時には謹厳であることを要求される。明確な模範解答がない中で、自分の「正解」を信じて就活を進めていかなければならない。そうやって就活を進めていくうちに他人の行動に目頭が立ってくる。他人の「正解」をまるで傍観者のようにし、批判的な評価を下す。

拓人もまた自分の「正解」を信じ、就活のために集まった仲間をどこか達観したような立場で批評する。相手をのぞき見するようにSNSに目を落とし、現実とリンクさせて浮き彫りになる相違に影で微笑む。これはきっと悪意からの行動ではない。他者を観察し、批判的に評価することで特別な自分を演出しているだけなのだ。自分が「何者」かであるために。「何者」かになるために。

この拓人のスタイルは褒められたものではないが、昔の自分と通じるものがあった。人とは違うことで「あなただけの価値がある」と評価されることを期待している点だ。

だがそれは「社交性がない」「付き合いづらい」と同義語でもあり変わり者が肯定的に評価されるとは限らない。そんなことは知っていても自分らしさを表現するために穿った見方をしてしまい、自分が特別だと自惚れてしまった時期は確かにあった。泥臭い就活をしている人を非効率的だとバカにし、長期的な計画を練っている人を行動力が足りないと評価する。

だが、一番進んでいなかったのは誰かに評価されるのを斜に構えて待ち続けていた自分自身だった。

140文字の主張

「だって、短く簡潔に自分を表現しなくちゃいけなくなったんだったら、そこには選ばれなかった言葉のほうが、圧倒的に多いわけだろ」

(中略)

「だから、選ばれなかった言葉のほうがきっと、よっぽどその人のことを表してるんだと思う」

p.204

この物語で大きなカギを握るのはSNSである。

140字という限られた文字数のなかで自由に表現できるSNSはまさに「自分」を求める若者の道しるべになるべくしてなったツールだと思う。

そしてそれは、他者理解のためにも使われる。

離れた友人の現状は専らSNSを通じて知ることが多くになった。

どこで何をしているのか。どんな生活をしているのか。誰と一緒にいるのか。少ない文字と写真で投稿された情報が最新情報としてアップデートされる。

 

「何者」はこのSNSの特性を生かした作品だ。

主人公・拓人は他者と目線を合わせた対話をすることなく、SNSで流れてきた情報がまるで相手の心の中を覗き見たと言わんばかりに取り込む。そして自分だけがすべてを理解している「何者」として呟く。主人公として位置していた拓人だったが、彼には最後までなにもなかった。

「観察者ぶってても、何にもならないんだよ」

p.317

終盤主人公にぶつけられたこの言葉は、過去の自分を抉るように深く刺さった。 

 

番外・ウホっ、菅田将暉が凄い!!

 ああーーーー固い文章おしまい~~~

なんかそれっぽいこと書いてるけど、中身すっからかんだから騙されないように。一番書きたかったのはここです!実写映画について!

実は今から三年前に佐藤健主演で実写化していまして、アマゾンプライムにあったから…読了の勢いそのまま見ちゃった。

何者

何者

 
菅田将暉やばない?

 で、ですね。

全体評価としては普通によくまとめたいい映画だなー、米津のEDの曲かっこいいなーって感じなんだけど、一番もうびっくりしたのが!

菅田将暉!!

なにが凄いって、まんま光太郎(主人公の同居人)なんですよ!本を読んでて想像していたとおりの光太郎がそこにいた!ってくらい役にハマってました。松山ケンイチのL(デスノート)以来の衝撃。

有名な役者が登場すると「その人物」ってより「その役者」が話しているように見えてしまって、冷めてしまう時が多々あります。実を言えばこの「何者」もその一つで、有村架純が登場するたびに役の「瑞月」と認識することはなく、「有村架純」が登場してるなーと感じてしまいました。

佐藤健でさえ、序盤は佐藤健感が抜けなかったのですが、菅田は最初からいなかったね。そこにいたのは光太郎だった。あのナチュラルな演技なんぞ。逆に怖い。

 

終わり方が綺麗

エンディングは原作と少し違いました。

拓人の面接シーンで幕を閉じるのは同じなのですが、原作では集団面接で他の志望者に圧倒されてしまう拓人が描かれていましたが、映画では集団面接であることは変わらず拓人1人にカメラが寄った演出に変わっていました。

私個人としてが映画の〆方のほうが好きです。

特に震えた声で発された最後のセリフが心に刺さりました。

「すいません。一分間では話しきれません。ありがとうございました」

引用 映画「何者」より

 そのあとのEDへの入りがめちゃくちゃいい!

 まとめ

 とりあえず「何者」久しぶりによんで自分と重なることが沢山あったよということです。それをだらだら4000字以上書いてしまいました。ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

文の密度も高くないので読書が苦手だなーって人にもおすすめ!学生のうちに読めば、「観察者」としてではなく「当事者」として世界に入り込めるからもっと面白いかも!読書の秋も近いし、どうでしょう。

 

ちなみに続編?「何様」も販売されているみたいです。

ストーリーを忘れないうちに読まなきゃです。