オリジナル超短編小説「ホテヘルに行こうぜ」
※この物語はフィクションです。
短編小説「ホテヘルに行こうぜ」
1.再会、緊張、暑さ
男たちの青春はいつもくだらない一言から始まる。
晩御飯時も過ぎた20時すぎに突然のお誘いを受けた。どうやら高校時代の同級生が近くで飲んでいるらしい。俺は「いく」と二文字で参加の意思を伝えると、部屋着を脱ぎ捨てた。無造作に丸まっているヒステリックグラマーのポロシャツに袖を通し、リーバイスのジーンズを履いて、急いで髪型をセットする。
玄関の姿鏡に映る自分は、変に気合を入れる相手でもないのだが、久しい再会とだけあって少し緊張の色が漂っている。小さく息をついて俺は玄関の扉に手をかけた。
外へ1歩踏み出せばそこは熱帯夜だった。全身で夏を感じながら7歩進めば、クーラーが効いた自室が切なくて恋しくてたまらなくなる。本当にクーラーは文明の利器だと思う。暖かさを提供してくれる自然現象「火」と違って、心地よい涼しさをゲロゲロ吐き続ける「クーラー様」は完全に人類最大の発明である。だからクーラーを発明した人にノーベル賞をあげたい。発明者は特許申請しただろうか。
などとクーラーに想いを馳せたところで暑いものは暑い。熱を貯め込んだアスファルト。風を遮るように乱立したビル。冷めることない都会の夜。逃げ場をなくした湿気たち。街の全てが私の肌をゆっくり舐め、汗腺を刺激する。踏み出す右足が87歩目を告げる。目的地は、遠い。
そこは涼しく、そしてにぎやかだった。平日というのに待っているお客さんまでいる超人気店。その奥で宴は始まっていた。
居酒屋で再会を果たした俺達はただただその懐かしい顔を喜び、昔と今を行き来する話題が忙しなく続く。その雰囲気はまるで放課後の教室で延々と談笑する高校生のようだ。だけど目の前にいるのは高校生じゃない。時間の経過は自分だけのものじゃなく、みな同じ量の時間を過ごしてて、こうやって変わらないまま変わっていたんだ。なんだか今日のレモンサワーは少し苦くて、大人の味がした。
2.誘う光が夜の街を飾る
「ホテヘル行こうよ」
会計を済ませ外で夜風を浴びていた俺がその声に振り返ると、1つの笑顔と目があった。
「今日はやらないと帰れない気分なんだよね」
そう言って4年ぶりに会った友人はスマートフォンを光らせる。
たしかに今日はいい気分で酔えたから、元気が有り余ってるのは確かだ。そしてその生気をどこかで発散させたいという気分も、同じだった。
「いいね」
と俺も笑顔で返して、同じように検索画面を開いて
『風俗 ○○(場所)』
と打ち込む。
「てか、ホテヘルなのか。俺ホテヘルどころかデリヘルすら使ったことないからシステムとか分からないけど」
「大丈夫、俺ホテヘル童貞だから」
「……まぁ2人だし大丈夫か」
あの夜の俺たちは無敵だった。
リーズナブルかつレビューが高いお店に目星をつけ、男二人肩を並べて地図の場所へと向かった。しかしいまいち場所がわからない。
「これって電話予約じゃないの」
「え、受付あるでしょ」
と右往左往している目の前で『無料案内所』の文字が風に揺れていた。
『無料案内所』の暖簾をくぐると、落ち着いた面持ちをした眼鏡のおじさんが俺たちを向かい入れてくれた。聞いてみると、どうやら0時すぎると風営法的な縛りでルールが結構変わるらしい。外で女の子の写真のチェックができない?とかなんとか。流暢なトーンで語られるココ周辺の情報を聞いている俺は、やっぱりこの世界もビジネスで、同じように営業もいるんだなと噛みしめながら頷いていた。
結局、案内所のおじさんに甘えて「初めてのホテヘル」を案内してもらうことにした。提示された料金は『70分 17000円(ホ別)』ってことはつまり……だいたい2万円用意すればいいんでしょ!と俺は現金を求めて急いで隣のコンビニのATMに向かった。気持ちはさっきからとても高揚している。なんだって「初めての経験」はドキドキなんだ。
3.扇情的な戦場へ赴く男二人
「できればギャル系でお願いできますか」
性癖を暴露している友人を横に17000円をおじさん渡す。そして差し出された一枚の確認証。それは天国か地獄への片道キップ。無機質だけど重みを感じる「○○(自分の苗字)様 70分」の文字を握りしめ、酔いどれ男二人組は再び肩を並べて指定のホテルへと向かった。
「よし、行くか!」
「おう!」
「「ここか……」」
そこは大通りに面している見覚え有りのホテルで思わず苦笑した。ここはビジネスホテル寄りだと思っていたけど、出てくる客やロビーにいる人相を見てみると確かに同類ばかりだった。
フロントで確認証を見せてホテル代を払う。3200円をクレジットカードで支払い、しっかり楽天ポイントを確保する。酔っていてもそこは抜かりなし。流石俺である。指定された部屋は508。友人は504。
小さなエレベーターに乗って上へと昇っていくが着いた先が天国とは限らない。
正直俺は少し後悔していた。自分も多少好みを言っておけばよかったなと。「身長は低めで、できれば柔らかそうな人がいいです」と。ただ、柔らかそう=ふくよかと勘違いされるのも嫌だったので言わなかった。しかし結局、可能性は無限大に広がってしまったわけでガリガリの女の子が来るかもしれないし、ぽっちゃりの人が来るかもしれない。まぁそれもオツだなと。人との出会いを楽しみましょうと自分に言い聞かせ、狭いエレベーターの中で遠くを見ていた。
静寂に満ちた……と表現したいが、薄ら喘ぎ声が聞こえる5階に到着した。
「終わったらロビーで集合ね」
「了解、楽しんで」
「お互いさまに」
508と504は位置的にお向かいさん。
背を合わせてそれぞれの鍵を差し込んだ。
4.懐かしい高揚感と正直な不安感
仄暗い部屋にある鏡に緊張している自分が写る。家を出る時の表情とはまた違う。きっとそれはどんな女の子だろうという好奇心的な期待、久しぶりに感じる性的な気分の高揚、そして多少の不安がある。
いかんせん約半年ぶりにそういう行為をするわけで色々大丈夫かなと思った。お金払って女性を抱くっていう経験も全然ないし、ホテヘルってどこまでお願いしていいのかわからんし、えなんか最後怖い人出てこないよね?まぁ、女の子に聞きながら今日は楽しもうと無音の寂しさをかき消すためようにテレビを付けた。
『掛け布団が下にしまってあるのは安いホテルの特徴だよ』
ずいぶん前の元カノの言葉を思い出して苦笑いしながら、掛け布団をベットの下から取り出し広げる。スマホからラインの通知音が鳴った。
友人『こないー』
俺『ね、なかなか来ない』
半径20m以内にいるであろう友人と文字で連絡を取り合いながら、その時を待つ。
さて、準備はこれくらいでいいか。クーラーは27度(強風)いや外から来るから温度下げたほうがいいのかな。あとお風呂の準備は、いらないか。てか時間的に無理だよなぁ……あ、歯磨きしないと。
その時、小さなノックが部屋に木霊した。
心臓が小さく跳ねて冷たさが広がる。この緊張感と高揚感、まるで童貞のころに戻った気分だ。さぁて、吉とでるか凶とでるか。俺は立ち上がり玄関の鍵を開けた。
「ごめんなさいー。お待たせしましたー」
容姿について鮮明に書くなんて野暮なことはしない。各々の想像にまかせようと思う。しかし一言付け加えるのであれば『あの晩の俺は持っていた』
5.ホテヘル童貞のプレイ事情
「サキ(仮名)です。よろしくお願いしますー」
「○○○○(本名フルネーム)です。本日はよろしくお願いします(お辞儀)」
「なんでそんなかしこまっているのwww」
「あっ、就活の癖でッ…」
「絶対狙ったでしょ笑 就活生なの?」
「いや、実は…」
と自然な形で自分をネタしていく。悲観する現状は自虐ネタとして最高の武器になるのだ。こうした技術だけは異様に長けている(一対一の場合のみ)。
序盤はこうして笑顔がある外側的なコミュニケーションを楽しみ、ゆっくり接触し合いながら扇情的な空間を作っていく。空気が艶めかしく変化するあの瞬間がとても好きだ。
「じゃとりあえず、シャワー行こうか」
「うっす。あ、ちなみにこういうサービス初めてなんで色々教えてください」
「ええ、そうだったの!?」
と、ここからいやらしく乳繰り合った話に入りそうなのだが、私も人の子、流石に恥ずかしい(ここまで語っててどの口が言うって感じだけど)。なので、かいつまんでお話をしようと思う。やっていることは皆さんと何も変わらないのでそんな期待するような面白い話はない。
イソジンが作る厚い壁
「はい、次はこれでうがいして」
渡された白色のコップを鼻に近づけると、なんだか懐かしい匂いがした。
「これって……イソジン?」
「そうそう、プレイの前と後にはやらなきゃダメ。一応性病予防とかも兼ねてるみたい。ちなみにイソジンプレイっていうのもあって…」
「聞いてる?」
このイソジンが女性と丁度いい距離感を作っていると思う。無償の愛から遠く離れた薬の匂いが勘違いした愛に溺れることを許さない。そして事務的な雰囲気だと匂わすことで、私はスポーツマンが本番に向けてウォーミングアップをしているような気持ちの高揚を感じていた。
「オエーッ!今日はオー(ゴホッ)ソドックスな、やつがいいなゴホゴホ(むせる)」
「もちろん。てか、吐き方がおっさん臭いwww」
人肌に勝る優しさなし
完全にキモいと承知で述べるのだけれど、女性の肌って本当にきれいだなと思う。柔らかいし、すべすべだし、骨が細くて肌が薄い。男より圧倒的に弱くて、絶対的に美しい。そんな絶え間ない努力によって完成された「美」を易々と享受するのは少し気が引けてしまう。……嘘である。全然気が引けません。大好きです。
「肌綺麗だし凄いスタイル整ってるけど、なにかやってる?」
「ジムに行ってるよ。こういう仕事は体を服で隠せないから油断できない」
「なるほど。ちなみに俺もジム行ってる」
「このお腹でぇ?(グイ)」
「いたたたた!すみません最近サボり気味です!」
「腹筋割ってから出直してきな笑」
優しい温度をお腹の上で感じながら、自分のだらしない下っ腹に嘆息する。『いや、インナーマッスルはあるんだけど、皮下脂肪が…』なんて言い訳するのはとてもダサい。これは完全に自分の甘えそのもの。綺麗な体から伝わってくる優しく暖かい体温が私を厳しく戒める。翌日から半年ぶりにランニングを再開したことは言うまでもない。
『質問するなら閉じた質問にしてくれない?』
質問には二種類あるのをご存じだろうか。「閉じた質問」と「開いた質問」である。
まず「閉じた質問」とはYES/NOで答えられる質問のことだ。例えば…
・明日遊べる?⇒うん
・私のこと好き?⇒まぁ、うん
みたいな。
逆に「開いた質問」がYES/NOで答えられないものだ。
・明日誰と遊ぶの?⇒友達とだけど。
・私のどこが好き?⇒えー全部。え、だから全部だって。
つまり開いた質問は5W1Hの疑問文ってこと。
これも教えてくれたのはラブホ事情に精通していた元カノなのだけれど、その彼女言われた思い出の一言が
「行為中に質問するなら閉じた質問にしてくれない?」である。さすが文学部。
ここまで読んでくれた方なら察しているともうが、私はかなりお喋りなのである。酔っているとこれが酷い。もう雰囲気をぶち壊すレベルでペラペラ饒舌に話す。それもよくわからない質問をするらしいから、答えようがない。そもそもその時の口は声を発するために使えない。だけど、答えなきゃ不機嫌になる。
「閉じた質問なら首の動きで答えられる」
という睨まれながら言われたのが懐かしい。そんな俺を止めるには俺に口を使わせて塞ぐか、腰を振らせるしかないという結論になった。
そんな懐かしい記憶が唐突に蘇って少し恥ずかしくなる。しまった結構喋りすぎた。
「俺って結構お喋りだよね」
「結構ね笑 ちょっと集中してやるから一言も話しかけないで」
「え、一言もはキツイよ。そうえば閉じた質問って言葉があっ…」
「(グイ)」
「アっダダダ!こんなプレイ頼んでないんだけど!(けど少し気持ちいい)」
6.賢者タイムが見据えたもの
結局、「一通り」やってくれた。リハビリのように手取り足取り忘れかけてたコツを教えてくれたおかげでだいぶ感覚は取り戻せた…と思う。密かに危惧していた『賢者と成り幻術が解けると、美女はゴブリンと化す…』なんてこともなく、最後まで可愛い人が隣にいてくれた。
iPhoneのアラーム音が終わりを告げる。アップルをあの時ほど怨んだ時はない。終わりの時間をしっかり知らせやがって!朝は全然起こしてくれないくせに!そしてまた名残惜しさを感じる接客が上手い。これはビジネスライクビジネスライク…最後まで気を抜いてはいけない。
「じゃ、最後シャワー浴びちゃいましょー」
そこで少し世間話をしたのだが、どうやら彼女は24歳の年上のお姉さんだったようだ。年上と聞いた途端「あ、そうだったんすか…」と謎丁寧語になる陰キャぷりを笑われながら、体を洗われる。女性に主導権を握られるのはどうも恥ずかしくて苦手だ。全く勘弁してほしい。
風呂場から先に出てタバコの香りが残る服を着る。壁に掛かった時計が示す深夜3時。俺はド平日の深夜に「楽しい」時間を過ごしてしまった職なしフリーター。一見人間の終わりみたいな肩書を手にしてしまったわけだけど、なんだかいい経験をしたなと達成感に満ちていた。
やっぱり経験が豊富な人は凄かった。関心&感動レベルである。まずは腰の使い方をはじめとする単純な技術力。そしてなにより包容力。
酔っていたこともあって今まで抱えていた悩みとか愚痴とかを色々吐き出した気がする。誰よりも近くで触れ合っている赤の他人って凄くほっとする存在だ。彼女が持ってる等身大の包容力はこのビジネスだけではなく異性としても強力な武器となるだろう。やはりプロは違うなと部屋の掃除を済ませるお姉さんに視線を移した。
ハンドバッグに商売道具を詰め込んだお姉さんがルームキーを手渡してくる。
「よし、じゃあ出ようか」
「本日はありがとうございました」
「だから就活かって笑 諦めないで頑張ってね。大丈夫だよ、○○君なら」
「お、おねぇさん…(涙)」
「暑苦しい! あと、いいの持ってるんだから早く彼女作ったら?」
「え、まじっすか」
「ちょっと反り方が左に強いけど、そこもいいと思う」
「汚れた大人の世界で生きる気力が湧いてきた」
「単純だなぁ笑」
扉を開けて70分ぶりに五階の通路に出た。友人が楽しんでいるであろう504号室はまだチェックアウトしていない。鉢合わせなくてよかったと思いながら、二人でエレベーターに乗り込む。
「仕事決まったら、報告しにまた来ますよ」
「待ってるよ」
振れる唇はとても柔らかく、特別な時間の終わりを告げる。
「次はしっかり指名料払ってね!」
7.これもまた青春
お姉さんと別れて、1人ホテルのロビーで待つこと15分。先程友人が女性と降りてくるのを見かけたのだが、一緒に外へ出ていったきり帰ってこない。待機するマンションまで送って行ったのだろうか。ちらっと見えた相手の後ろ姿をみる限り、しっかり「ギャル」だった。友人の希望は叶ったようだ。よかったよかった。
コカコーラ―エナジーを飲みながらボーッとしていると、ニヤニヤしながら友人が帰ってきた。
「ごめん、おまたせ」
「おう、おつかれ。で、どうだった?」
「うーん……デカかったね」
「デカい?おっぱいが?」
「いや、身長が」
「そっちか笑」
「だからさ、バックでやる時なんか……」
ここは深夜三時過ぎのラブホテル。そして俺たちは抱いた女性について語らう23歳。なにを話したのかよく覚えてないけど、一つだけはっきりと覚えていることがある。それは「今日はとても楽しかった」という思いだ。4年ぶりにあった友人とこんな場所で笑いあってるんだから人生ってなにがあるか分からない。やっぱり人生って面白い。賢者タイムは抜けきらない俺は変に達観しながら余韻を楽しんでいた。
8.この街は眠らない(終)
ホテルを出て大通りに向かうと沢山のタクシーがお出迎えしてくれた。友達が先頭の車に手を挙げて、後部座席の扉が開く。
「タクシー乗ってく?」
「いや、俺は頑張って歩いて帰るわ」
「わかった。また飲もうね」
「おう。気を付けて帰れよ」
短い別れの言葉だがそれ以上の言葉はいらない。きっとまた飲むだろう。それだけはわかる。
無機質なドアが閉まると同時にタイミングよく信号が青に変わり、タクシー勢いよく発信する。俺はタクシーが街の景色に溶けきるまでずっと手を振り続けた。
さて始発までもう少し遊ぶか、それとも頑張って歩いて帰るか。そんなくだらないことで悩んでいる俺に忘れられない声が囁く。
『好きなことやったらいいじゃん』
「だよな。もう少し自由に生きてもいいか」
呟きと共に自縛を吐き出した俺は、もう歩き始めた。
今日はこの街も俺も眠らない。
(了)
※この物語はフィクションです。