チンチロサワー
串勝黙示録 カンジ
チンチロリン
茶碗の中で踊るのは2つのサイコロ。
クルクル回って、ピタッと止まる。
出目は4と3。足して“7”
ラッキーセブン!
しかし私たちの顔は暗かった。私はため息が広がるカウンターの上に空のジョッキをゆっくり置いた。
「はぃ、メガジョッキすねー」
メガジョッキ。メガサイズのジョッキ。次も運ばれてくるのはメガジョッキのレモンサワーだ。
メニューには「メガジョッキは量が2倍!!」とあるけど(当社比)の文字が足りないんだよあれ。確かにメガジョッキの容積は通常サイズの2倍かもしれないけど、氷が2.5倍(当社比)に増えるからサワー自体は1.5倍くらい(目測)だもん。その実質1.5倍(目測)にガッツリ2倍の値段+税を取られるし……と、頭の中で暴れだした貧乏くさい愚痴どもは美味しい串カツを口にすると一気に黙った。
もしこのメガジョッキが自ら注文したものなら話は違った。その時は私は回らない舌を置き去りにして声帯だけで「うぇい〜🙌沢山飲めるぅ〜」と唸りながら笑顔でジョッキを傾けていたことだろう。
が、だが、けれども、しかし。
これはただの注文じゃない。これは、
『チンチロサワー』
ざわ……ざわ…ざわ……
ルールは簡単。2つのサイコロを同時に振って、偶数なら半額、奇数なら倍額(メガジョッキ)、ゾロ目なら無料の合法ギャンブル。
そんな賭博に魅せられて「今日は酒代一銭も払わねぇ」と入店した私のパッションはメガジョッキ×2を前にしてすでに炭となっていた。
意気消沈のカウンター席に涼しさを伴ったベルの音が追い討ちをかける。
「おめでとうござっす、半額っすね〜」
「おめっす、半額っす」
「おめでとうございます〜無料でサービスします〜」
あれれ〜おかしいぞ〜。さきほどからずっとサイコロの音とベルの音が交互に聞こえてくる。
「おまっせしましたー」
どすんと巨大なレモンサワーがカウンターを揺らす。デカい。デカいが多い。氷が。
カウンターの揺れは隣にいたお客さんにも響いたようだ。たこ焼きを作りながらレモンサワー(半額)を仲良く口にするカップルを横目に、重量1kgを右手で持ち上げ飲み干す私。さぁてどっちが男らしいと言えるのかな(負け惜しみ)
屈辱と嫉妬をアルコールで流し込む。臨むのは再戦、望むのは勝利。
飲み干した勢いそのまま宣戦布告を告げる。
「すいません」
掲げるは右手、選ぶは……
「レモンサワー、チンチロで」
「はぃー」
置かれるお茶碗。据えられたサイコロ。気合いを入れる私。早く回せよ顔の店員。
ジョッキを持った右手が少し湿っている。その手をそっと伸ばした。そして掴み取る、次の運命を。
いいさ、俺は知っている、次の2秒で全てが決まることを。だからこの一瞬だけは、俺は願いも、想いも、望みも、期待も、希望も、願望も捨ててやる。この運命を前に神に縋る真似もしない。この結末は所詮6×6=36通り、想像できる36通りの結末か……ふふ、人生に比べてなんと小さく脆く些細であろうか。用意された洗濯に臆することはない。知り得る未来など恐るるに足らない。握りしめた拳に想いを宿す。
「運命を自分の手で指し示せ!」
チンチロリン
カウンターが揺れたのは2分後のことだった。
1226文字 30分
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