走り続ける理由
延々と回り続ける床に振り落とされないよう必死に足を動かす。苦痛のピークを乗り越えて息が軽くなった時ふと「俺は何のために走っているのだろう」と考えた。残り6分、時速12km。
ここが区営のジムであること、半袖半ズボンの運動着に着替えていること、入念なストレッチのあとにエアロバイクを漕ぎ、5分のインターバルを置いてエプリティカルで体を温めてから休憩なしでランニングマシンのクイックスタートボタンを押した。つまり私は有酸素運動をするため、つまるところダイエットをするために走っている。では私はいったい何のためにダイエットをしているのだろうか。
彼女がほしい。そう心から願ったのは中学生以来かもしれない。
今の環境は義務教育時代とは大きく異なる。クラスもなければイベントも用意されていない。茶化してくる友達も、陰キャラ陽キャラの差別も、男女グループの諍いもここにはない。ましてや同年代すらいない。私が勤める会社はどうやら自然発生の恋愛は望める環境ではないようだ。
どうしても彼女を作るというなら既存の繋がりを頼るのも一つの手段ではある。だがそんな便宜的な恋愛を腐れ縁の延長線上でやりたくないし、その結末はお互いに何かを諦めた末の打算的妥協なのでまだまだ若気が満ち満ちる愚かな24歳の今考慮すべき手段ではない。てか新しい環境には新しい出会いと相場がきまっているし、俺の中で。
「こうなったら少し抵抗があるが、これを頼るしかないか……」
そうして私はなけなしの4000円を投じてマッチングアプリに手を出した。
いいね!いいね!いいね!と好みの女の子にどんどん投げていく。
「年齢は20〜24歳で結婚願望は薄め、できれば身長は低め、髪は肩にかかる程度で、ディズニーはほどほどに、趣味はインドア寄りがいいな、音楽好きならなお可、あー洋楽オンリーはきついかも、あと可愛い子で……」
まるでオーディションの審査員のように女性の価値を計り選別していく。それはとても気持ちがいいものだった。自分の意志だけで他人の優劣を決めることができる。一生懸命書かれたプロフィール、厳選された写真、自己PR……それをさっと読み流して表面上の情報だけで甲乙を付けていく。ただただ勝手に選んでいく、それをただただ繰り返す。
彼女にしてやってもいい女の推薦を終え、スマホの電源を落とす。暗くなった画面に映る影。醜い自分の顔がはっきりとそこにあった。
そして気付く。
こんな自分を誰が選んでくれるのだろうか。
たいした学もなければ、お金もない。身長も特別高くないし、スタイルがいいわけでもない。イケメンではないし(最近ミキの亜生に似てると言われた)、なんか仕事も続かないし、自信もない。ないない尽くしの自分が選ばれることはきっと”ない”
「だよね、そんな人生甘くないよねぇ、仕方ないか…」
と諦めるほど俺もバカじゃ”ない”。
ならば今一度頑張ってカッコよくなればいいじゃないかと。大丈夫、モテ期は確かにあった、はず、勘違いじゃないはず。そのころの自分を思い出して一歩でも近づくんだ。年齢は近づくことができない。でもなにかヒントはないかと過去の遺物を漁っていると当時のスペックが記載された健康診断表が出てきた。
「今より13kgも痩せてるじゃん…」
ああ、そうだ思い出した。俺は彼女を作るために走っているんだ。
残り5分。速度を上げてラストスパートをかける。速度は時速13.5km。
少しずつ消えていく脂肪と不安。だんだん増えていく筋肉と自信。
人生3回目、最後のモテ期に向かって走り続ける。
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