「本気って、ヤじゃない?」 / 『黄色い目の魚』佐藤多佳子【感想】
『黄色い目の魚』佐藤多佳子【感想】
「本気って、ヤじゃない?」
俺が聞くと、村田は理解できないという顔つきになった。
「こわくねぇ? 自分の限界とか見ちまうの?」
それでも、まだ、俺は言っていた。
「俺、そんなの見ちまったら、二度と立ち直れない気ィするよ」
p.193
パラパラとめくっていた中学受験生用の国語テキスト。そこに載っていた一節。
中学受験生、つまり小学6年生向けと言っても侮るなかれ。ここに載っている題材は児童文学ではなく、一般文学や新書ばかりだ。問題そのものは難しくないが、問われるテーマがだいぶ大人びている。特に物語文は小学生では直感的な理解がとても難しい。だからこそ論理的に心情を考察する読解力が必要なわけだが。
『本気って、ヤじゃない?』
結果よりも一生懸命に取り組むこと姿勢が評価される小学校。彼らにこのセリフはどう映るだろうか。
『こわくねぇ? 自分の限界とか見ちまうの?』
その問いかけに、社会人は強くうなずいた。
黄色い目の魚 佐藤多佳子(新潮文庫)
海辺の高校で、同級生として二人は出会う。周囲と溶け合わずイラストレーターの叔父にだけ心を許している村田みのり。絵を描くのが好きな木島悟は、美術の授業でデッサンして以来、気がつくとみのりの表情を迫っている。友情でもなく恋愛でもない、名づけようのない強く真直ぐな想いが、二人の間に生まれて---。
16歳というもどかしく切ない季節を、波音が浚ってゆく。青春小説の傑作。
あらすじより
佐藤多佳子さんの作品は初めて。
佐藤多佳子さんは団体リレーにかける高校生達を描き、ドラマ化もした『一瞬の風になれ』や『しゃべれども しゃべれども』など数々の傑作を生みだしてきた名作家ですね。ただ青学卒というのが気に食わん(私はアンチ青学)
ほっ、とりあえず心臓を抉るような話を書く女性作家ではなさそうだ。
たまにはね、優しい物語も読まないと心が荒むから…。
繋がる想いと悔しさ
村田みのりと木島悟、2人の主人公で進む物語。
展開は『興味⇒接近⇒離反⇒気づき』THE王道の恋愛だけど、逆に今はドキドキする。この年になるとそんな過程はぶっ飛ばして、結ばれること前提で出会うことも珍しくない。だからこそ、お互いの気持ちが波のように行ったり来たりする様子がもどかしくてたまらん。
村田と木島を結んだのは「絵」だった。
「絵」を見る村田みのりと「絵」を描く木島悟。些細なきっかけから関係が生まれ、お互いに欠けているもの、求めているものを埋めるように2人はゆっくりとその距離を縮めていく。日常の中にその姿を探すようになっても、それはまだ愛とか恋とかそんな気持ちではない。
そこに「成長」と「気づき」を付け足すのが周りの大人達。
村田みのりの叔父、木幡通。
木島悟行きつけのbarの店員、似鳥ちゃん。
互いの安らぎになっていた大人の存在はそれぞれにとって脅威になる。木幡通の圧倒的なセンスを目にした木島悟、似鳥ちゃんの影が拭えない村田みのり。大人への悔しさを抱えながら、それぞれが前に歩む。まさに青春小説の傑作。
「いいな、木島クンは」
村田がボソリと言った。
「何がいいのサ」
俺もボソリと言った。
「やれることが、いっぱいある」
「やれてないってば」
「やってるじゃん」
村田はきつい調子で言った。
「私は何もしてない。限界が見えるようなこと、何もできてない」
p.194~195