淡々と、かつ着々と。

やるせない26歳が綴るこれは独り言

ラスト20代イヤー

7ヶ月ぶりの更新。

ブログを書く、なんだかこれも特別な行動になってきた。言葉にしようとか、言葉に残そうとか、言葉で伝えたいとか、なんにせよ言葉にして発信する以上、相手に何かを伝えたいという想いがあってこそなのだけども、それがない、というのも淋しすぎるので、書く時間がなかった(完了系)てことにしておきます。

 

仕事の面をお話しすると、なんやかんや色々やらせてもらうことで色々学びました。その色々の中で特に色濃く残ったのは「組織論」です。

働くたびに愚痴は増えてくるものですが、その愚痴の形がここ数年で大きく変わり、社会とか上司とか会社 への不満はかなり減って、組織をどうしたものかというため息混じりの愚痴に変わりました。

会社は組織、個人的な関わりがあるとはいえども、そのコミュニティに存在しているシステム、これもまたかなーり厄介だったり。結局悪者はどこにもいなくて、単純にシステムの欠陥だったり。人ってどんだけ聖人だろうと損得勘定が働くからそこをうまく動かすためには、強制力を持って対応する必要があったり……新卒のころには見えなかった社会のカタチがぼーーんやりと見えてきました。やっと。

 

ただ「社会ってそんなもんだよね」と冷ややかに生きていく私ではなく、「じゃあどうやったらもっと良くなるだろうか」的なポジティブシンキング……なんてものではなく、単純かつ自己的に「じゃあどうやったら"自分が"面白いと思えるのか」を前提にしながらチームand組織単位で考えながら行動している気もします。そして全然うまくいかなくて、ビックリ。組織を動かすってこんなにも難しいんだなぁ、、と。社員の満足度はどうであれ、ビジネスの循環を日々維持している会社って凄い。

 

数年前はそれっぽく悟ることが大人の証みたいに思ってた気もしますが、この悟りもどきはアナログの秤みたいな動きをして、気づけば針が指すメモリは0になっている。そこで「なんだかんだ言っても自分が楽しいのが1番いいよねー」と開き直るタイミングになる。しかしそれは決して純粋な頃に戻ったことを意味しない。0を見て人は笑うかもしれないが、その意味は1000gかもしれないし、2000,3000…かもしれない。

なんにせよ最終的に行き着くのは「単純な想いが一番強い」ということだと思う

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プロポーズは晴れの日に限る

友人からの突然の電話はむしろいつものことなので特段なにを期待するでもなく、シャワーを浴びてグラスになみなみ注いだ牛乳を一口含んで折り返しの連絡をしてみたところどうも今週末にプロポーズをするらしい。

 

これまでの私は相手を祝う気持ちと共に「差がついてしまった」と特段嫌な自己嫌悪感が沸々と湧いてしまい、付き合えると思ってた女の子から「彼氏ができた」報告を受けた惨めな男子高校生のような困惑で「おめでとう」を伝えていたような気もするが、そもそも「差」というものは同じステージで勝負してるからこそ生じるものであって、私はそもそもそのステージにすら立っていないと悟った瞬間、勘違い男子高校生以上に惨めな自分がここにいると認めざるを得なくなり、以降純粋な「おめでとう」を伝えられるようになった気がする。そもそと今回は「プロポーズした」ではなく「する」という予定の話なので「おめでとう」も見当違いのテーマなのだが。

 

はて、プロポーズとは一体どういうものなのか。私が知り得る情報は「結婚しようと告白すること」という行動と目的の枠組みを超えず、また想像し得る景色は外資系ホテルと夜景と花が付き物、ついでにSNSを通じての報告が必要ということだ。

事実、社会人になってから恋愛という恋愛をしていない私は大人の恋愛事情を人の又聞きと想像力で補っているわけで、「今週末プロポーズする」という覚悟を前にすると、偉業を成し遂げた超人に向けるが如く「すげぇ、、、大人だ」と純粋に思う。

電話口で興奮が冷めやらない友人。どこか遠くに行ってしまったような気がして、それを以前は「差」と解釈していた。しかし私が今勝負しているステージは結婚ではない。今、私が勝負すべきステージは、日々の平穏な暮らしの維持!……😭

 

純粋な「おめでとう」の中に「俺もすぐ向かうから待ってろよ!」と小指の爪先程度の悔しさを詰め込んで私は彼を全力で応援するのである。

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お盆休みの振り返り2024

会社から10日間のお盆休みをいただいた私は真っ白なカレンダーを前にさてどう埋めていこうか苦悶したのも束の間、見計らったようなタイミングで両親から連絡があり、私のGoogleカレンダーは『帰省』というまさにお盆らしい二文字によって埋め尽くされたのであった。

 

父と母は10年ほど前に離婚しているため一人っ子の28歳男一匹で東京からそこそこ距離がある各々の土地に赴かなければいけない。別に不幸の末の離婚ではないのだから、形だけでも家族で集まればいいのにと思うのだが、そこは子供が知り得ない男女の問題が介在しているようだ。そんなちぐはぐ家族のおかげで時間もお金も2倍かかるわけだが、そのためのお盆休みであり、そのための貯金である。なんせ明確な目的に向けられた消費は久方ぶりのため大変気持ちが良かった。

 

ちなみに父とは生まれてから顔を合わせた累計日数が一年に満たない。端的に言えば家に帰ってこない父親だった。こう聞いて多くの人は「かわいそう」などと取るに足らない同情を示してくれるが、自分にとってはこれが父親であり、父親の在り方であり、これが我が家の普通だった。この関係に恨みもなければ悲しみなんか毛頭ない。ときたま顔を見せる父。それが私の父親だ。

人工透析を受けている。腎臓が使い物にならなくなった。と笑いながら父は新幹線の座席に腰を落とす。糖尿病との合併だから参っちゃうな。全然大丈夫だけどさ。私は車窓に顔を向けながら「大丈夫ならよかった」と小さく漏らす。

なにもそんな感傷的になる報告ではない。余命宣告を告げられたわけではないのだし、ちゃんと透析を受けていればこれまで通りの日常を、送れるはずだ。しかし記憶よりもだいぶ老いた顔、赤く腫れ上がった透析の跡、そして糖尿病との併発…本人の大丈夫の一言で安心できるような現実は目の前にない。

ピントを合わせずにただ流れる景色を眺める私。ふとこれまで一年と会っていない父親に私は詰まる思いが溢れてきた。一言で言えば「かなしい」だ。何も永遠の別れを告げられたわけではないのに。そもそも会わない年数の方が多かったのに。普通とはかなりかけ離れた父親だったのに。不思議なものだ。

悲しみに次いで後悔の念も現れる。もっとこうしていればよかったな……まるで告別式のようなテンションになっていた私は車窓から目を離すと、隣ではイビキをかきながら時速250kmに揺られている父がいた。

 

目的の駅に着き、迎えの車に揺られた先で2年ぶりに再開した祖母は危篤状態だった。再会の場は病院ではなくホスピタルセンター、そこは治癒ではなく安眠のための場所。ベッドに横になっている祖母の姿は自分の記憶の祖母と全く重ならない。元気でふくよかだった姿の輪郭はそこにはなく、骨が皮に包まれただけの体が小さく呼吸を繰り返す。そっと手を伸ばして祖母の掌に重ねると小さな力で握り返してきた。とても冷たい掌で、ゆっくりと。

呼びかけに少し頷くような反応を見せるが、話しかけてくることは一度もなかった。

「ばあちゃんに会えるのは今日が最後かもしれない」悲しみが湧いてしまった私は不謹慎なのだろうか。わからない。

 

日が変わって母方の実家に向かう。母は再開するたびに小さく見える。毎日顔を合わせていたからこそ、その変化には敏感になってしまう。腰が悪いらしい。昔は毎日元気にウォーキングしてたのにな。

母方の祖父母は変わらず元気だった。しかし大きな嫁姑問題を抱えている。幼少期のころは笑顔が絶えない実家だったが、今は声を出すのも躊躇ってしまうような閑散具合だった。

何もかもが変わった。いや何もかもが少しずつ変わっていたことに私はこの帰省をするまで気づいていなかった。

 

私は今年で28歳になる。結婚はおろか彼女もいない。仕事は順調であるが出世をしたわけではないので見える景色は変わらない。

そういう意味で私は少し周りより遅れている。他の人が人生ゲームのコマのようなイベントをこなしていく中、現状維持に必死な私は人よりも得るものが少なすぎた。そんな「イマココの幸せ」を切望する私を差し置いて変化し続けている、それが常世だ。

それを実感させてくれたのが、何かを得た時ではなく、失った時、厳密に言えば失いそうになった時、まさに今回の帰省だった。

「大人になったなぁ」の実感を与えてくれるのが結婚出産をはじめとくる予定調和的な出来事ではなく、永遠の別れを匂わせる出来事というのは、皮肉なものである。

もう少し20代の可能性とやらに夢を見たかったが、期待値に全ベットする余裕は自分本位の夢物語にすぎない。その幻想はすでに現実では過ぎ去った光景なのだから。

変わりゆく景色を見据えながら、そして受け入れながら、一歩ずつ踏み出していこう。

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GW振り返り2024

長期連休の報道を当事者意識で眺めたのはいつぶりだっただろうか。思い返せば昨年のGWは退職を決めたはいいものの、次の仕事が定まってない状態で不安だった…くせに呑気に青森旅行とか行ってたから結構精神図太いな。

「休みが明けた先に仕事がある」。その現実に私は心から安心感を抱く。先が見えず、否、先を見ようとせず、盲目的に空白を埋めていたあの頃があったからこそ噛み締めることができる明日である。

さて、ここで誰に向けるわけでもない独り言を、強いて言えば1年後GWを過ごす自分に向けた独り言を残そうと思う。

登った山

①越上山

・距離 13.23km

・上昇高度 640M

・消費カロリー 1141kcal

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関八州見晴台

・距離 14.06km

・上昇高度 663M

・消費カロリー 1286kcal

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八王子城

・距離 11.76km

・上昇高度 583M

・消費カロリー 1097kcal

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〜振り返り〜

飯能エリアの低山はほとんど登り切った。あとは根の権現ルートを残すのみ。本格的な夏場を迎える前にもう少し低山を登っておきたいな。

今年は富士山の登頂が目標。

疲労によって口から出るのは益体もない話ばかりだが、それを息を切らしながら笑ってくれる友人と一緒に眺めた青空は格別だった。

 

読んだ本

幻想図書館/寺山修司

・変な家/雨穴

・誰か故郷を思はざる/寺山修司

・アンソーシャルディスタンス/金原ひとみ

〜振り返り〜

積読していた寺山修司を読めた。たまたまの巡り合わせ、前職の縁で寺山の存在を知ったがどハマりした。本との出会いはつまるところ人との出会いに起因する。

つまり、サディストは相手をいじめるための工夫を必要とし、鞭打ったり、縛ったりするために、労働を余儀なくされる。
サディズムは、労働の快楽であり、くたびれることである。
しかし、マゾヒストは、ただ、相手のなすにまかせて、白昼夢のなかに遊んでいればいい。マゾヒズムこそは、貴族の快楽であり、まったく、<あなたまかせ>で、できるゲームなのだ」

引用:幻想図書館/寺山修司 p.160

 

見た映画

プレデター

プレデター2

・ザプレデター

プレデターズ

・エイリアンvsプレデター

・エイリアンvsプレデター2

エイリアン2

エイリアン4

待望のSFシリーズがAmazonプライムで配信が始まりました👏。どれも面白いですが、やっぱり肉密度1000%のシュワちゃんが登場するプレデター、そしてジェームズキャメロン監督の才気がムンムンのエイリアン2は何回見ても面白いですね!

 

食べたもの

タン定食👅(恵比寿)

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牛すじが食べ放題でした。

タンはもちろん、お米も美味しかった😋

 

金目鯛の煮付け(阿佐ヶ谷)

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汗かいた後の煮付けがあんなに美味しいとは…🫢

 

じねんじょの蕎麦(大泉学園

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暑くなってきたこの頃、うどんより蕎麦を選んでしまいます。

 

・カレーメシ(山)

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山では専らカレーメシ。(カップラーメンは汁がのこってしまうから)

 

行ったイベント

うれしいすぎるよ展andそういうことじゃないんだよ展

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SNSで話題沸騰のイベントに行ってきました。わかるわかるのポイントが友達とズレててなんかウケました。展示会は1人でひっそり行くことが多いんですが、なるほどこれは隣に友人がいると1000倍増しに面白いですね!

 

ダイエット経過

4/30  67.2kg

5/6  66kg(−1.2kg)

今年の2月中頃からダイエットを始めてました。今年の目標は彼女を作る(もう手垢がついてきた目標だよなこれ…)なので、まずは外面から。流石に173cmで80kgはデブ。がどうにかこうにか2ヶ月ちょいで14kgは落とせました👏我ながらよくやったわあ…

このまま60kgまで下げて筋トレにシフトチェンジ、いつ脱いでも恥ずかしくない体に💪

 

〜総評〜

だいぶ充実してました。家でダラダラしてるのが大好物のくせしてやるじゃん自分。鏡に映る自分を褒めたいです。

転職して立場的にも収入的にも新人に戻ったわけで、お金がない中、工夫して過ごしました。ぶっちゃけ隣に大切な人がいなくてほっとしたよ…山と図書館以外どこにも連れて行けなかっただろうし…

 

来年の自分はちゃんと貯金をして旅行の一つくらいスマートに誘ってる男であれ。

さて明日からまた仕事に精と愚痴を出しながら、愉快にやっていきましょう!

 

 

だから僕は振り向かない

首筋に触れる風が冬の訪れを伝える。

ポケットから抜いた右手もまた同じように冬に触れる。塗装が剥げたファスナーを素早く首元まで閉めて、右手を元の位置に戻した。そしてまた何もせずに黄色いブロックの内側で立ち尽くす。

休日の運行間隔を把握してない僕は毎回こうして無駄な時間を費やしてしまう。待ち合わせに遅れないように早く出るべきと動いた朝は結局ここで立ち止まり、僕より遅く家を出たであろう人たちが街へ運ばれていく姿を眺めることになる。その都度、電光表示に目を向けるが決して到着時刻が早まっていることはなく、むしろ無断で遅れることが目立つのだが、時間通りを忠実に守ろうとするその几帳面さにため息が出る。

どこに視点を合わせるでもなくぼーっと空に顔を向けながら、ふとクリスマスに思いを馳せた。空をぼーっと見る、、、街並はいつもよりどこか嬉しそうだ。でも空の景色が暖かさを装飾されることはない。辞書通りの晴天をなぞるような青空に感謝しながら、無理に冬を演出しなくてもいいのになぁと恨み節を小さく吐きながら、首をダウンジャケットに縮こませる。

その時、柔らかな香りが僕の鼻をくすぐった。2年間クリーニングに出していない上着からではない。この恨めしい冷風にのって僕の元までやってきた、やわらかくてそっと包み込んでくれるような香りが。鼻の穴を限界まで広げながら、このみっともない顔を青空の下晒す僕はすでに香りの正体に気づいていた。

僕の後ろから衣擦れの音が、聞こえる。香りが届く。鼻の穴が広がる。そう、香りの発信源は後ろで僕と同じく寒空の下で時間通りに到着するであろう電車の到着を待っている人だ。人、この香りは女性であってほしいが、僕は青空と睨めっこをするのに忙しいので確認する暇がない。しかし何度もこういたずらに鼻をくすぐられていては僕も立場というものがある。ここで行動力なんてものがあったのならば、踵を軸にした重心が全くブレない180°の美しいターンをスマートにきめたのち、

「すみません、いい匂いさせるのやめてもらっていいですか」

と挨拶を交わしてもいいのだが、しかし残念ながら私の行動力は対人類、おのび対女性(と思われる有機物)を前にした途端、思想と思考だけが狂った機関車のように先走ってしまい一般的な27歳の肉体はそのシナプスに追従することができない。つまり、人見知りなのである。

わかっている。この香りは私に向けられたものではない。たまたま風下にいる私の元に、本来であればその香りの届け先であろうお方よりも先に配達されてしまった完全な誤送。返却できるならすぐにでも袋に詰めて返してあげたいが、ニコチンでクラクラになってるはずの僕の肺に喰われたが最後、二酸化炭素とヤニ臭に変換されて世に放たれる。申し訳なさで肺がいっぱいになってしまう僕をお許しください。

はて、こいつはなにをグダグダ言ってるのだ。キザなターンをしてキモいセリフを口にせんでもを適当に振り返り、その香りの正体を確認することは可能であろうと誰もが思ってるだろう。僕もそう思う。

しかし、僕は振り向かない。

この香りの正体を知りたい、香りに限らずきっとそんな些細な「知りたい」という気持ちが人と人をつなぐこともある。

僕は知りたい、この香りの正体を今すぐに知りたい。知る機会は今、ここにある。しかし僕は真実を知りたいわけではない。

僕が振り向かない限り、完璧なシルエットに縁取りされた空想的実像が僕と同じ方向に進む電車を待っている。その輪郭を丁寧になぞれば、次元すらも超越した存在を重ねることもできる。

ホームにアナウンスが響く。聞き慣れた電車の到着を伝える声とどこからか聞こえてくる遮断機の音、そこに重量を持った硬質な音が混じる。僕はまた首を縮こめる。瞬間、香りはどこかへ消えた。

僕を先頭にたくさんの足音が続く。1番近くで響く足音の間隔は小さい。だけど僕は振り向かない。ゆっくりと対面のドアまで進む。

車内ってこんなに臭かったかなぁと車窓に預けた頭にはさきほどの残香ひとつどころか、シルエットをなぞっていた記憶すら残っていない。

揺れる車体。片足に偏る重心。

僕は使い古したダウンジャケットのファスナーを勢いよく全開にして、流れる街の景色に目を落とした。

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退職やらニートやら転職やら色々あった今年も終わりそうです。

おおよそ半年ぶりの更新です

独り言の数が減ったのは語れる友人に囲まれているからか、はたまた語るほどの日々を過ごしていないのか定かではないが、文字にぶつけたくなる程の激情に駆られることなく時間が経過したのは定かのようだ。転職を果たした今年こそ語るべきことがたくさんあるはずだし、あるべきなのだが、こうしてキーボードを叩いている今になっても全く浮かんでこない。コンテンツとしては珍騒動が毎日の起こっていた前職の方が面白かったかもしれない。

 

さて、語れることがないと言った手前、とてもおかしな流れではあるが今年の振り返りをしてみたい。ざっくりと、あっさりといってみよう。

 

1月:退職とベトナムニート

まずは1月会社をやめてベトナムに行った。端的に表すととてもチャレンジャーな生き方をしている20代の若者といったところだが、実際はちゃんと半年前に退職の胸を伝えて、ちゃんと引き継ぎをしたついでにちゃっかり冬のボーナスと退職金を頂戴したのち、転職活動は「やる気が出たら」なんて意気込みを家に置いて、ベトナムに飛び立った。それはただのニートの旅行である。そして割愛できる程度のトラブルを乗り越えてなんとか帰国を果たした。

2〜6月:転職活動期間

2月〜6月は「やる気が出たら」から「やらねば」への変遷期である。時間は無限にあっても財布が薄いままでは楽しめない。薄いままでも欲を満たせる魔法カードは裏返せば死神が微笑むタロットカードだった。0の数が目減りしていく通帳を片手に健康的で文化的な生活ができる残り日数を逆算してくと、路頭に迷っているまだ見ぬ自分の姿がはっきりと見えきた。これまで幾度となく「お金がないw」と口角をあげながら、貧乏っぷりをアピールしてきたが、本当の「お金がない」はため息と共に真顔になる。やはり自分は頑張れる環境にいても頑張らない人間で、頑張らざるを得ない環境でなければ頑張れない、真人間にはだいぶ距離があるところに生きている人間なのだなぁとあらためて自覚した。

6月〜今:普通の毎日を送る

そして6月〜現在の12月。新しい職場が無事見つかり、これまでご縁がなかった満員電車で1時間の通勤にも慣れてきた。普通のサラリーマンみたいだなぁと普通のサラリーマンに囲まれながら体を揺らして運ばれていく朝は意外と悪くない。自分が思っていた「普通」に手が届かないと自信を無くしたあの日があったからこそ、おじさんの頸に鼻を押し当てながらVaundyを聴いて到着を待つだけの普通の朝に混じれたことが幸せなのだ。けっっして、いい気分ではないが。

そうやって日々を繰り返していく。成長が行き着いた先にあるのは老いであるとこのブログで書いた気がするが、老いに向かうその前に”停滞”を挟む。

この停滞こそ、やっと手に入れた普通であり、それは自由であり、幸せだ。

そして普通を噛み締めるこの姿が、これまで見下してきた『つまらない大人』と重なった時から老いは始まる。

いい、それでいい。

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2023年夏休みの終わり。

 

今年も迎えた27回目の夏。社会人5年目にして初の長期休暇、つまり夏休みを過ごした。

10日間もいただけたお休みは仕事のモチベーションを低下させるに充分な期間だった。しかし明日への憂鬱の傍ら、来年も、その次の年も長期的な休みが貰える事実が私を前向きにしてくれる。慢性的な日常に嫌気がさしてくきて漠然と変化を欲する20代後半に約束された長期休暇という存在は変わらない日々も悪くないぞと私の溜飲を下げてくれる。そう、こうして私は理想としていた社会人になったのである。

これまでの夏休みはこのブログに記してある。

なんだ休みがなかった時も充実してるじゃねえか。

reyu.hatenablog.com

reyu.hatenablog.com

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この夏は多くの友人と交流した。東京を去った友、すぐ東京に戻ってくると言ってあっちで世帯を持った友、夏休みに休みなくお店を開いて蕎麦を打つ友、朝からパチンコに並ぼうと誘ってくれる友、夏休みにコロナにかかった不遇な友、新婚の友、昔からの友。会った会わないを問わず、こうして縁がつながり続けている今のなんとありがたいことだろうか。これからもっと幸せになるつもりだが反面、今が永遠に続けばいいと願っている自分もいる。

それは関係だけの話ではない。大人な27歳、酒の席で夢を語り合う27歳、自分のことだけで悩める27歳、ダルくても身体はまだ動く27歳、成長が老いに換言される前の27歳、諦観しながらも可能性を捨てきれない27歳……この今がずっと続くならばどれほど幸せだろうか。それはあり得ないとわかってるからこそ、とても今が尊い

と、思い出を語らずにだらだらと幸福論をいっちょ前に語ってしまった。これはいつものことか。そもそも今の時代、思い出は言葉ではなく写真で自慢…ならぬ表現するのだから写真を一枚貼り付けてこの夏の締めとしよう。

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新しい環境で2ヶ月経ちました。

ジャケットを羽織るには厳しい季節になりましたが、下っ腹の膨らみを隠すためにいまだ手放せない日々が続いております。

 

新しい環境に辿り着いて2ヶ月が経ちました。

やっと普通の組織(法令遵守的な意味で)に属することができました。まだ本格的な業務には携わっていませんが、これから一生懸命頑張れるだけの環境が整っていることは確かです。

また、ここは大企業ではないですが、敷居がめちゃくちゃ高いベンチャーというわけでもないですが、新卒だったら絶対に入れなかった会社だったと思います。意図しない形でキャリアアップ?を果たしていたようです。

大学卒業したのにジャージにスウェットで路頭を彷徨っていた4年前。固執していた自分がやりたい仕事という幻想を捨てて、"今の自分ができること"を軸にして仕方なく仕事を探してたまたま入れた業界がたまたま性に合ったようです。その"自分ができる"というのも入社してすぐに勘違いだったと気付かされるわけですが…

 

ただ、あの勘違いがなければ一歩踏み出せなかった、そして今ここにいなかったと考えると井の中の蛙的な過信、つまり自惚れというのは我々が生きていく上で失ってはいけない心持ちなのかもしれません。

ひとはそれを「若さ」と呼ぶのだから。

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