淡々と、かつ着々と。

やるせない26歳が綴るこれは独り言

退職やらニートやら転職やら色々あった今年も終わりそうです。

おおよそ半年ぶりの更新です

独り言の数が減ったのは語れる友人に囲まれているからか、はたまた語るほどの日々を過ごしていないのか定かではないが、文字にぶつけたくなる程の激情に駆られることなく時間が経過したのは定かのようだ。転職を果たした今年こそ語るべきことがたくさんあるはずだし、あるべきなのだが、こうしてキーボードを叩いている今になっても全く浮かんでこない。コンテンツとしては珍騒動が毎日の起こっていた前職の方が面白かったかもしれない。

 

さて、語れることがないと言った手前、とてもおかしな流れではあるが今年の振り返りをしてみたい。ざっくりと、あっさりといってみよう。

 

1月:退職とベトナムニート

まずは1月会社をやめてベトナムに行った。端的に表すととてもチャレンジャーな生き方をしている20代の若者といったところだが、実際はちゃんと半年前に退職の胸を伝えて、ちゃんと引き継ぎをしたついでにちゃっかり冬のボーナスと退職金を頂戴したのち、転職活動は「やる気が出たら」なんて意気込みを家に置いて、ベトナムに飛び立った。それはただのニートの旅行である。そして割愛できる程度のトラブルを乗り越えてなんとか帰国を果たした。

2〜6月:転職活動期間

2月〜6月は「やる気が出たら」から「やらねば」への変遷期である。時間は無限にあっても財布が薄いままでは楽しめない。薄いままでも欲を満たせる魔法カードは裏返せば死神が微笑むタロットカードだった。0の数が目減りしていく通帳を片手に健康的で文化的な生活ができる残り日数を逆算してくと、路頭に迷っているまだ見ぬ自分の姿がはっきりと見えきた。これまで幾度となく「お金がないw」と口角をあげながら、貧乏っぷりをアピールしてきたが、本当の「お金がない」はため息と共に真顔になる。やはり自分は頑張れる環境にいても頑張らない人間で、頑張らざるを得ない環境でなければ頑張れない、真人間にはだいぶ距離があるところに生きている人間なのだなぁとあらためて自覚した。

6月〜今:普通の毎日を送る

そして6月〜現在の12月。新しい職場が無事見つかり、これまでご縁がなかった満員電車で1時間の通勤にも慣れてきた。普通のサラリーマンみたいだなぁと普通のサラリーマンに囲まれながら体を揺らして運ばれていく朝は意外と悪くない。自分が思っていた「普通」に手が届かないと自信を無くしたあの日があったからこそ、おじさんの頸に鼻を押し当てながらVaundyを聴いて到着を待つだけの普通の朝に混じれたことが幸せなのだ。けっっして、いい気分ではないが。

そうやって日々を繰り返していく。成長が行き着いた先にあるのは老いであるとこのブログで書いた気がするが、老いに向かうその前に”停滞”を挟む。

この停滞こそ、やっと手に入れた普通であり、それは自由であり、幸せだ。

そして普通を噛み締めるこの姿が、これまで見下してきた『つまらない大人』と重なった時から老いは始まる。

いい、それでいい。

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