淡々と、かつ着々と。

やるせない26歳が綴るこれは独り言

最近捻くれた作品読みすぎじゃない?/『anego』(林真理子)

anego』(林真理子

 今、私の中で女性作家ブームが来ている。

読書に関してかなり雑食家な私は定期的にブームを迎える。三島由紀夫を傾倒していたかと思えば、異世界転生に現を抜かし、現代日本を新書を通して批評し始めた翌月にはメンタリストdaigoの話を真面目に拝読している……これは飽き性というのかもしれないけど。

とにかくジャンルに縛られることなく自由に手を伸ばすのが私の読書スタイルなのである。

そして最近手を出しまくっているのは女性作家だ。(誤解を生みそうな表現)

 

きっかけは桐野夏生の『グロテスク』だった。

この本は私がこれまで読んだ中で一番恐怖を感じた作品と言っても過言ではない。それは内容的な意味ではなく、ここまで痛々しく救いがない残酷な話を想像で書ける作家の真っ暗な底深さにだ。

またストーリーも友人にお勧めできる内容ではけしてないため、詳しくは割愛。

 

そこに書かれていた女性の『意志』は男性の私にとって衝撃的だった。ページをめくるたびに生々しく爛れた言葉の皮膚が読み手の私と絡み合うような気分に陥る。

その新たな価値観との出会いを重ねるごとに女性作家が書く女性の姿はとても興味深いものになっていった。自我が暴走した女性の欲を遠慮なく書きなぐる桐野夏生、純愛という言葉に染まることがない恋を辛酸と共に綴る角田光代、細くて脆い若さ溢れる青春劇を皮膚感覚で色づける辻村深月、「僕は勉強ができない」の主人公時田秀美が来世の夢です山田詠美、社会に押し付けられた「女性」という役割に物語を通して疑問を呈す村田紗耶香……一概には言い切れない女性をそれぞれ自分色で書き表す。みんな違ってみんないい。

 

そして今回はお待ちかね『林真理子

 

 

あらすじ

野田奈央子32歳、丸の内の大手商社社員、独身。上司からも、同僚からも、部下からも頼られる存在。…なのに自分の恋愛運だけにはなぜか恵まれない。そんな奈央子が次から次へと出会う恋愛の数々。合コン、お持ち帰り、セフレ、不倫、泥沼…。OLの性も、派遣社員の怒りも、そして結婚運に恵まれない女たちのいらだちも。すべてをリアルに描ききった、林真理子の代表作。

本作あらすじより

 

ドロドロの恋愛話は人生の参考書

 あらすじを読んで分かる通りだいぶ、こう、「捻くれてそうな」作品であることは分かったと思う。若さと活気と性欲溢れる23歳男性の手にが自然と伸びる作品ではない。

しかし若年のうちにこういったドロドロした色恋沙汰を読むことには大きな意義があると思う。(大衆文学にたいして意義なんて言葉を使うのめちゃくちゃ恥ずかしいけど)

読書を通して自分の中に存在していなかった新しい価値観を取り入れ、新しい自分の意志を生み出す。それを繰り返しながら私たちは大人になっていく。その過程で出会った本は『人生の教科書』だ。いや教科書はエンタメ性に欠けて面白くないから……どちらかというと参考書か。そう、つまり『人生の参考書』のようなものである。

「出会いや運命っていうのを信じていて、そういうものに賭けようとする心って、やっぱり立派じゃないかって、この頃思うんですよね」

p.388

 

 

20代と30代の「差」

32歳。アラサーを迎えた大手商社勤めの野田奈央子。容姿端麗で人望も厚い。まさに「幸せな人生」を歩むべくして歩むスペックを兼ね備えた女性だ。しかし「結婚」というゴールにはいまだたどり着かない。

「ふーん、それはにわかに信じられない話だぜ。まさにフィクションだ。そういった「ハイスペック」な女性は私の周りで沢山見かけるけど、そのだれもが将来にたいして自分の成長と環境の変化を期待しながら20代を謳歌しているし。もちろん個々人で抱えている悩みもあるため幸せ純度100%とは言えないけど、充実している日々を過ごしているのは確かだ。そんなイケイケの彼女らが結婚できないなんてあるのかねー…まぁ歳をとるのが怖いってよく口にしているけど」

穿った目で読み始めたが、読んでみて1つ大きなことを理解した。

 

『30代の女性が恐れているのは、自分の加齢ではなく、20代という存在』

若い女はちやほやされる。

そんな常識をいつ理解したのか定かではない。もしかしたら本能的に知り得ていたことなのかもしれない。ただ、この頃になって肌感覚で実感することが多くなってきた。

同年代で囲まれいた学生時代とは違って、やはり年齢制限がない社会(寿命というリミットはあるけど)に置いて、20代というのはやっぱりまだまだ若くて、未熟で、扱いやすい。

それは男性の支配欲が……とかと語りだすと「また捻くれが始まったよ」と言われそうだからこれ以上言わないけど、まぁ、たいしたことない女性がちやほやされていたりするよね。

 

若さという最大かつ最高の武器がいつ消えるのか分からないが、そこに陰りが指すのはやはり30歳。ただの数字でしかないのに、ここには大きな意味があるように思える。奈央子もまたそのギャップに苦しんでいた。自分はもっと幸せになれるはずだと高見を目指して過ごしていた20代。その無敵の自信と無垢な期待が熟されて32歳の奈央子を作り上げてしまったのかもしれない。

 

男性が実感できない女性の30歳の壁は確かにそこにある。

てか、そんなに20代と30代って変わるか?と自分に問いただしてみると

 

「まぁ確かに30代っておばさんだよなぁ…」

 

実感はできないがその壁はしっかり見えているようだ。

 

あんなつまらぬ、どこにでもいそうな男にかすかでも好意を抱き、

「もしかしたら好きになるかもしれない」

ではないけれども、

「もしかしたら好きになれるかもしれない」

とまで考えを持っていこうとした自分が悲しい…。

p.16

 

恋愛は一本の道ではない

奈央子はセフレ、お持ち帰り、そして不倫まで決して明るくない関係を一通り経験する。彼女は大人の余裕というベールで不安と孤独感を隠しながら何度も体を重ねる。

そしてその先に一つの愛を見つけエンディングを迎えた。それはとても歪んだ形だが、彼女が見つけた確かな希望だった。

私たちは恋愛⇒結婚⇒出産までが一本の道でできていると思いがちだ。しかし、それは違う。

20代で結婚という半ば常識のように押し付けられる価値観から疎外された30代独身の奈央子のが歩む道は混じってはほどけを何度も繰り返す。しかし一つの道になることはない。時には2本の別々の道を同時に歩むこともあった。途中で道が消えることもあり、土砂崩れに飲み込まれることもあった。そう、人のつながりは『出会いと別れ』で教えられるほど単純明快なものではない。

地獄の奥底で愛を見つけ、天国の入り口で首を絞められる。そんな話は腐るほどある。

奈央子は自分が本当に孤独だと思った。男と別れたばかりだ。そう愛していたわけでもない。体だけで繋がっている、独身女にとって便利で必要な玩具のように思っていた男だ。けれでもその男さえいないという、今の情況をどういったらいいのだろうか。ひとりなのだ。本当にひとりぼっちなのだ。

p.87

 

 

おわりに ~最近捻くれた作品読みすぎじゃない?~

 男女の関係やら、夜を共にするやら、まぐわうだの、挙句の果てに「なかよし」とかわけのわからん表現でぼかされることが多いセックス。

歳を取り、回数をこなすと共にその行為の意味が変わってきたなと最近感じる。いや、もう20代ならばカコ付けずやりまくればいいのだけれど、天邪鬼すぎる自分の性格は本当に損だ。

頭でっかちの哲学者は寝ぼけ眼を擦りながら、今日も妖艶な夜の街へと赴く。