俺、銀座のお店知ってんだ
※この物語はフィクションです。
銀座と聞くとビビってしまうが、大衆が考えている銀座の面持ちを呈しているのは中央通りとか晴海通りとか並木通りだけであり、少し足を伸ばせば築地や新橋といったサラリーマンの聖地がすぐそばに構えている。
つまり「銀座」と店名に掲げつつもリーズナブルなお店も多々あるわけで、私はそういった「銀座の店」が好きだ。というかそういう店しか行けない。
『銀座のお店を知っている』という大人のステータスを手にするためにも、時間と電車賃をかけてハイブランドが鈍く光る街、銀座に向かったのであった。
こうやって文章化すると目的がクソださいな。
避暑地『俺のイタリアン JAZZ』
「もうここでよくない?」
そう言って、うなじに汗を滴らせる彼女は僅かに残っていたソルティライチを飲み干した。
「いや……ここチェーン店じゃん」
「そんなこと言ってるともう新橋になっちゃうよ。暑いし、私はもうギブ。ここ入ったことないんだし、いいんじゃない?」
「うーん……」
蒸し蒸しとした暑さに目を細めながら立てかけてある看板を見据えた。イタリアの国旗を背景に綴られている文字は『俺のイタリアン JAZZ』関東を中心に広く展開している「俺の」系列のレストランだ。ちなみに池袋にもある。
せっかく銀座まできて「俺の」に行くのはどうしても敗北感を抱かざるを得ない。なにと戦っているかというとそれは勝手な男のプライドとなのだが。
「まーたよくわからない自分のプライドと戦ってるでしょ」
全てお見通しだと彼女が俺の目を覗き込む。一見呆れているような、けど少し微笑んでいるような可愛らしい表情。しかし俺はその裏に「暑いからさっさと店の中入れろや」という奥底で睨みつけている脅威を直感した。出会った当初であれば見過ごしていたであろう表情から醸し出るの微細な威圧感により俺の選択肢は一つに絞られた。
「じゃ、ここにするか」
「ハイ決まり―!」
汗で毛先が丸まったブラウンの髪を揺らして彼女が思い切りドアを開けると、人工的な冷気が外にいる俺たちに向かって流れてきた。とりあえず避暑環境としては合格のようだ。
原価じゃぶじゃぶ祭り
「俺んちのレモンサワーと……なんだっけ」
「ヒューガルデンホワイト1つください、あー、あとアンチョビポテトも」
注文を聞いた店員は素早くデンモクに打ち込み、小さくお辞儀をすると足早に去っていった。店内は18時台でほぼ満席。家族連れやカップル、友達同士まで、老若男女問わず幅広い年齢層が笑顔で料理をつついている。周囲はワインボトルがうず高く並べられ、オープンキッチンでは暴れる火で肉が焼かれる音を奏でる。全く大衆的にオシャレだ。その喧騒の中に忽然と佇むグランドピアノに趣を感じながら、俺はメニュー表に目を移した。
「結構安い」
「最初に口にした感想が値段って…… あ、これ美味しそうじゃない?」
目の前の壁に貼られたメニューを指さす。
「松阪牛か……いいじゃん」
「あ、『まつざかぎゅう』じゃなくて、正式には『まつざかうし』ね」
「でたよ、文学部特有の謎知識披露癖」
「それはお互い様でしょ」
俺の『俺のレモンサワー』
一本の小瓶と大きなジョッキが目の前に並べられる。
これが俺の『俺のレモンサワー』…一刀両断したレモンを角ハイのジャンボジョッキにぶち込むワイルドなレモンサワー。これ絶対レモンが邪魔で飲めねぇ…美味しそうだけど。
片手で持ち上げるにはそこそこ辛い重さに耐えながらジョッキを掲げる。
「「かんぱーい!」」
ビンとグラスが優しく触れ合い風鈴ように可愛らしく響く。
くぅぁ~~ッ!夏はこの一杯が何よりも幸せです。
取り合いになる美味さ。
アンチョビポテト¥480
そとはカリカリ。中はホクホク。それはポテトの黄金比。しかしただそれだけならば語るに足らない。このポテトを一口食べた感想は『外はカリッカリッ。中はホクッホクッ。』であった。この口で感じる促音(ッ)が他のポテトとの差を如実に表している。
「おいしー」
「な、美味しいよな」
アンチョビのクセも相まってめちゃくちゃ美味しい。そして塩加減が丁度良くお酒が進む。お互いに手が止まることなく、あっという間に平らげてしまった。
「次フォークで一気に複数本持ってたら怒るから」
「す、すみません」
なおメインが来るまでは30分前後かかるため、ポテトとお酒のお替りを頼んだのは言うまでもない。
ウニとずわい蟹のトマトクリームなんとか¥1980
(可愛い)店員に「本日数量限定です!」と唆されて、鼻の下を伸ばしながら頼んでしまったメインの一品。最近やっと食べれるようになった日本が誇る高級食材ウニ。これを贅沢にもズワイガニと混ぜ合わせてパスタにしちゃった罪な逸品。グミでお馴染みフェットチーネは俺の大好物。食べる前から勝利を確信している。
トングでパスタとソースを絡めるように取り分けていると
「おお、ウニの塊がでてきた!」
「ウニパスタってケチってる店も多いけど、ここのは凄いね」
ウニの塊が複数人でこんにちは。
(あっ、これは丁寧に取り分けないと怒られるっていうか機嫌が悪くなるやつや……(彼女もウニが好物))
乱雑に散らばるウニを恐る恐るかつ丁寧につまみながらそれぞれの小皿に盛る量を調整していく。
「こんなものでいかがでしょう……」
「悪くないぞ」
「ははぁー(平服)」
トマトクリームをたっぷりまとったパスタを口の中に入れた途端、逃げ場を探すように風味が一気に広がる。鼻から嘆息をゆっくり吐いて旨味に集中する。ああ美味い。クリーム一滴残すことなく皿を綺麗にしてテーブルの横に寄せた。
謎の旗 ¥0
~時は2つ目のアンチョビポテトが提供された時~
「あれ、なんですかこれ?」
「これは松阪牛を頼んだお客様のテーブルに置かせていただいてますー(可愛い笑顔)」
「ちょっと恥ずかしいね」
確かに「俺、松坂牛頼んだぜ!」と他のお客さんに向けてアピールしてるみたいで照れるな。と最初は思っていたが、美味しい前菜とお酒で気分がよくなっている今の俺たちには国旗より尊いものに感じる。まだかなーまだかなーと囁きながら松阪牛の文字を吐息でなびかせているほろ酔い気分の女の子を横目にジョッキを傾けていると、髭を蓄えたイケメンお兄さんが大皿を持って現れた。
松坂牛のタリアータ¥1980
「「おおー!」」
まず思っていたより大きい。皿がではなく、肉が。寿司のネタくらいのサイズかなと思いきや全然大きい牛肉が円を描くように並んでいる。実物がイメージ図を超えたのを初めて見た。
自然と目が合った俺たちは口を堅く結んだまま小さく頷きあう。そして赤み煌めく牛肉にフォークを刺し、ゆっくり開いた口をあける。焦点が合わなくなるほど近づいてきた牛肉は突然視界から消え、口の中に突入した牛肉を待ちくたびれている舌の上に着地させた。
「「うまいッ!」」
一噛ごとに牛を感じさせる主張の強さ。溶けるなんて一方的な消え方はしない。しっかり舌の上で旨味を感じさせる柔らかさを感じながら堪能できる。なんのクリームか分からないけど、このクリームもうまい。(クリーム自体あんま味しないけど)真ん中に堂々と居座っている大根もなんか美味しい。
うんうんと納得しながら食べていると大きな問題が生じた。肉が残り一枚になったのである。写真を見てわかるとおり7枚。偶数人の客にはとても分が悪い。
「こういうところではレディーファーs」
「じゃんけんしよう」
遮るように俺は提案する。
「……まぁ、いいけど」
「じゃ最初はグーで」
テーブルの下で小さく拳を向け合う。
「「サイショハグージャンケンポイ」」
最後の一枚は桜色の唇に吸い込まれていった。
JAZZの生演奏も聞けるよ!
作中で触れなかったが、ディナーの時間帯ではサックスとピアノの生演奏が聴ける。おしゃれだ。今回は嵐メドレーもやってくれて聞き覚えのある曲をバックミュージックに食事を楽しむことができた。(付け足し感が否めないのは許して)
たまにはこういう店もいいよね
「あー、食べたねー」
冷気に後ろ髪を引かれながら店を出ると、完全に日が沈み、外はだいぶ涼しくなっていた。
「わりぃ、割り勘にしちまって」
レシートを財布にしまいながら俺は小さく頭を下げる。
「いいよいいよ。二軒目は出してもらうから」
「いやー助かるわ……は、二軒目行くの」
「うん、新橋近いし居酒屋行こうよ、行くよね、行くよ」
ぐっと後ろから両肩を掴まれて新橋方面へと押されていく。街灯に照らされる道を二人縦にならんで進む。ふとポロシャツ越しに感じる細長い指が妙に艶めかしく感じた。白くて少し力をいれたら折れてしまいそうな弱々しい女性の指……こいつも女の子だったのか、なんてバカなことをあらためて考えている自分に気づき、頭を振る。
日は沈み、どこからともなく姿を現した涼しい夜風が頬を撫でるようにすれ違う。
新橋まであと少し、今度は俺が避暑地を求めていた。
※この物語はフィクションです。