ミスターパーカージュニア(鬼)
「サングラスを忘れた?そんなのときは……」
次のセリフを待つ自分がそこにいた。
32型テレビに映っている二人組は今をときめく人気芸人チョコレートプラネット。「どんだけぇ〜」の一発屋かと思えば、泉元彌の「そろりそろり」で人気再爆発。鮮度が早いモノマネに依存することなくオリジナルネタTT兄弟を創造しつつ、さらに梅沢富美男、坂上忍と物真似のレパートリーを増やしながら従来のネタのクオリティも上げていく。まさに芸人の鑑、そんな彼らの最新ネタがこれ。
「かぶれぇ!」
目元が完全に隠れるまでフードを深く被り、レニークラヴィッツの自由への疾走に合わせてステップをキメる。テーレレーレレー♪
そして決め台詞。
『ミスターパーカージュニア! \ドーン/』
これのなにが面白いのかはさておき、子供にはめちゃくちゃウケているようだ。
その日偶然パーカーを着ていった24歳は子供達からミスターパーカージュニアの称号をいただいた。子供の遊び相手には定評がある私だが、流行の鬼滅の刃についてはごっこ遊びに付き合えるほど知識がないので(柱を知らなくて激怒された)、やけくそ気味にとりあえず”ミスターパーカージュニアが鬼になった設定”でそれとなく戦いに参加することにした。
「お前らにもパーカーを着させてやるぜぇ…俺の名前は(スマホで自由への疾走を流す」
これが結構役にハマっていたのかキャッキャッと2人の炭次郎と1人の善逸が遠慮なく切りつけてきた。
「〜かた!なんとかかんとか!」
「おいっ!頭は危ないからだめ!腰、腰を狙って!ぐああああああ」
子供達の機敏な動きに注意注視しながら役作りにも務める。この空間で唯一の仲間はこのパーカーだけ。厚手の生地は四方から飛んでくる刀の打撃を和らげてくれる。だけど痛いものは痛い。股間を容赦無くついてくるのはやめてほしい。
パーカーを深く被れば被るほど強くなる設定のせいで5回ほど蘇生と討伐を繰り返し、最後は床に平伏したまま「もう、許して(疲れました)」と懇願することで決着した。満足げに去っていく戦士達の後ろ姿をぼーっと眺めながらふと昔の自分を重ねる。そこには同じように刀を振り回す幼き自分と、その隣に見覚えのあるお兄さんの姿が浮かんできた。
「あー……そういえば……」
今のいままで完全に忘れていた。ずっと昔、まだ自分が保育園に通っていたころ、同じように一日中チャンバラに付き合ってくれたお兄さんがにいた。思い出した瞬間、あの日の残滓が俺の口角を上げる。なんで忘れていたのだろう。もう俺はあの時のお兄さんより年上のはずだ。知らぬ間に''お兄さん''になっちゃってたんだな。あの日ずっと笑顔だったお兄さんは今の俺と同じような気持ちで付き合ってくれていたのだろうか。もう名前も思い出せないその人は蜃気楼のように消えていき、ゆっくりと哀愁が心を満していった。
はたしてあの子たちは今日のことを覚えててくれるだろうか。
俺はミスターパーカージュニアとして君たちの心に残るだろうか。
幼い戦士たちよ、俺の屍を超えてゆけ。